1950年台のアフガン達
彼らは本文中のアフガンではなく、1940-50年代の英国に生きたKhorrassan犬舎の犬達。 (左よりクレオパトラ、ポートレイト、ムーンビームofホラサン)

2014年8月1日(金)

先日、久しぶりに犬──アフガンハウンドのことを調べていた。というのはアフガニスタン大使館のスタッフが、ツイッターで「大使館のアルバムで1970年代のこんな写真を見つけたよ」とアップなさっていた写真に、遠い記憶がものすごい勢いで蘇ったからである。

そこに写っていたのはクリーム色のアフガンとハンドラーと審査員。
アフガニスタン大使館協賛という背景や、審査員の持っているリボンから推察するに、アフガンハウンドの単独展(一犬種だけで行われるドッグショー)だと思われる。

70年代にはまだアフガンの単独展はまだまだ珍しくて、アフガンマニアだった私はそれらショーの主な結果を、ほぼ全て把握していたはずだ。

この写真には確かに見覚えがある。アフガンもハンドラーも審査員も、名前が喉元まで出てくるけれど、あと一息で思い出せないのが歯痒い。

フレデリックヘーゲル・エス・シピオネ?いや、フレデリックはクリーム色じゃなかった。
当時はクリーム単色のアフガンは珍しかったから、繁殖犬舎を絞り込めそう。それにジャッジは本田さんかな?
ならジャッジとショーの開催年から、このショーのベストインショー犬が特定できないかしらん。

……我ながらものすごい推理力である。そしてものすごく無駄な作業である。
それでも喉にひっかかった小骨を取りたくて、一生懸命ネットをさまよった。

だが、近年のショーならいざ知らず、当時はインターネットのイの字どころか、ようやくパーソナルコンピューターがオギャーと生まれ出た時代。
そんな大昔のドッグショーの結果がネットで検索できるはずもなく、写真に写ったアフガンハウンドの特定はできなかった……。

きっと当時の「愛犬ジャーナル」(商業誌としてはありえないほどマニアックな雑誌。当然ながら廃刊)の古い号を開けば載っているのだろうが、押入の奥の奥まで探す時間はない。

喉に小骨をひっかけたまま、自パソコンに保存するのをうっかり忘れていたアフガニスタン大使館のツイートは流れてしまい、クリーム色のアフガンの正体は分からずじまいだった。

それにしても、とおの昔にこの世から去った一匹の犬のことを、35年を隔てた今、飼い主でもない、ハンドラーでもない、それどころか実物はおろか、写真でしか見たことがない人間が必死になって思い出そうとしているなんて、なんだかちょっと不思議な感じがする。

そういえば、誰が作ったかも分からない古代エジプトの小さな遺物に触れた時にも、これと同じ感じを抱くことがある。

時間の流れのある地点では確かにそこにあった命との邂逅、とまで言うとおおげさだけれど、自分が生きて今ここにいることに対してまで、軽いめまいを覚えたのだった。