2020年9月13日(日)

イングリッシュコッカー
健康に悪いから犬に甘いものをやってはいけないけれど、余命いくばくもない愛犬にはアイスクリームやシュークリームをたべさせたと与えたと皆が言う。 だから先日マヤがむずがってどうしようなかった時、初めてアイスを食べさせたら、さぞ美味しかったのだろう。びっくり顔で静かになった。 それ以来「爽バニラ味」は最終兵器として冷蔵庫に潜ませている。
マヤ
愛車のポルシェ(Made in China)で病院通い。 以前は乳母車ぶーぶーに乗るのが楽しみで、身を乗り出して顔に風を受けていたものだが、今は乗せると同時にうとうとし始めるおじいちゃんワンちゃん。

ようやくマヤが静かになった。
さっきまで身をよじり四肢を突っ張らせ、首を締められるような悲鳴混じりの呼吸をしていたマヤ。かかりつけの病院は閉まっているから、パニックに陥りそうな己の心をなだめながら「K市 動物病院 救急」と入力していた。

一か月ほど前に気付いたマヤの喉のぐりぐりは、はじめは歯槽膿漏に伴うリンパ腺の腫れだろうと言われていた。
だが、病院に通うたびに少しづつ大きくなったしこりは、悪性腫瘍の可能性もあるとの指摘を受けて、祈るような気持ちで観察していたのだが……。

マヤの荒い呼吸の原因は、この数日間であれよあれよという間に大きくなったしこりが気道を圧迫、呼吸困難に至っているためかもしれない。頭をのけぞらせて叫ぶマヤを見下ろしながら、スマホをタップする指先が震えた。

だが、幸いなことにむずがっていただけらしい。最終兵器の「爽バニラ味」を投入してもキュンキュンがおさまらず泣きたくなったが、寝かせ方を変えると唐突に眠り始めて、私は台所のテーブルに放心状態で座っているところだ。
よかった……ひとまず今夜は乗り越えられそうだ。

だが、マヤが来年1月25日、18才の誕生日を迎えるのはどうやら難しそうだ。それどころか一週間先、私の隣にいるかすら分からない。

この数日間で急速に食欲が落ち、口内の腫れのためか、上手く飲食できなくなってきたから、水分補給は2日に一度の皮下点滴でしのいでいる。
このまま飲食を拒否するようになり、肉体を枯らして旅立つのが一番楽なのかもしれないが、実際には巨大化した喉の腫瘍に気道を圧迫されて窒息、という辛い最期を辿る可能性も出てきた。

私はマヤに話しかける。
マヤ、マヤ。まずは来週の四連休までがんばろう。そしたら姉ちゃんお休みで一日中一緒にいられるから楽しく過ごそう。
眠っている犬の耳元に唇を寄せ、家事の合間に顔を覗き込み、そして会社のお使いで自転車に乗りながら、心の中でも話しかける。今だって必死に話しかけている。

犬には人の言語はわからないけれど、言わんとすることは人が思っているよりもはるかに深いところまで伝わっている気がする。心を込めてマヤに話しかけるとき、水が砂にすうっと吸い込まれるような感覚を覚えるから。

お盆休みまで持ちこたえてねと囁きかけたマヤはまだ生きていて、次は「四連休までがんばろう」という言葉に応えようとしているのではないか。

今世の旅をいつ終わらせるのか決めるのはマヤ自身だし、もう充分生きてくれたと思うこともあるけれど、「これ」と決めたらやり方を変えることのない頑固な犬は、少なくとも来週までは持ちこたえてくれる。
そしてマヤと私とヘボピーの三人で楽しく過ごせる。きっとそうなるにちがいない。

マヤ
春先にはまだこんなにふくふくで、ヘボピーと「この犬20歳まで生きるんじゃない?」と冗談交じりに話したものだ。
マヤ
7月10日に突然立てなくなってから、すぐに寝たきりになるかと思いきや、ふらふらになりながら自力歩行を続けて頑張ってくれた。 今は完全に寝たきりだがこれ以上なにを望めるだろう。ただ願うのは苦しまないで欲しい、ということだけだ。