2021年7月4日(日)

付喪神つくも神(つくもがみ)とは、日本に伝わる、長い年月を経た道具などに神や精霊などが宿ったものである。人をたぶらかすとされた。また、『伊勢物語』の古注釈書である『伊勢物語抄』(冷泉家流伊勢抄)では、『陰陽記』にある説として百年生きた狐狸などが変化したものを「つくもがみ」としている。現代では九十九神と表記されることもある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

ある日友人からこんなメールが来た。

ダルくて昼間転がっていたら白昼夢を見たわ。
ミキさんのお母さんとか、ミキさんの実家で飼ってた猫とか出てきたけど、どういうこと?
しかも猫がずーっと私についてきて、訴えるように見るの。毛の長い猫だよ。

ミキ家の猫は白っぽかったけど、茶やグレーや黒が入っていた。三毛というのではなく、心象イメージで色が混在している感じだった。
私が飼っていたロシアンブルーも夢に出てきた時にはグリーンが入っていたな。

ミキ家のお母さんは、すごく立派な箪笥を持っていた。美しい木で作られた立派な箪笥だけど、部屋に対する圧迫感があった。

なんか知らんけど、私はお母さんの為に一生懸命箪笥を開けようとしていたがビクともしなかった。
「すんません、開きませんわ」とヘラヘラ笑いながら、「それにしても頑丈な箪笥ですねー」とか喋っていた自分。

箪笥の隙間になにかいたので、「チョチョ……」と呼ぶと、猫がノソノソと出てきた。
お母さんに「亡霊がしっかりと見えるのですね」と言われた。

亡霊にしてはえらいハッキリ見えるな、と思いながらも「はい、見えてしまいます」とエラそうに答えていた。
そんな夢ですね。

これを読んでびっくりした。
なぜならメールの送り主はなんと言えばいいのだろう……仮に「視えるひと」とでもしておこうか。兎にも角にもそういうタイプで、私は彼女がこの夢を見る少し前に母の箪笥を捨てたばかりだったのだから。

アルツハイマー病を患っていた母が9年4ヶ月の闘病の末、特養のベッドの上で息を引き取ってから5年ほど経ったある日。
私たち姉妹が幼い頃から寝室の一角を占領していたこげ茶色の大きな箪笥——母亡き後も部屋の一角にどっしりと鎮座していたそれを、意を決して処分した。

嫁入り道具だったのだろうか。ひょっとすると祖母から受け継いだ古い品だったかもしれない。
残念なことに箪笥について尋ねたことはなかったから、その来歴は母の死をもって記憶の彼方に霧散してしまったが、少なくとも母にとって宝箱のようなものだったに違いないと私たちは捉えていた。

若い頃に勤め先で着ていた和服やパートの給料で買ったアクセサリー、娘たちのへその緒と成人式の着物。
保険証券と預金通帳、憧れの人からのプレゼントなのよ、とこっそり教えてくれたシルクのスカーフ。
元気だった頃の母が大切なものをごちゃまぜにして詰め込んだ家具には、残された家族の誰も手を付けることはできなかった。

それでも意を決して大型ごみ回収の窓口に電話をしたのは、地震に対する恐怖心からだった。
もしも大震災に見舞われて箪笥が倒れてこようものなら、その足元に布団を敷いているヘボピーはぺしゃんこになるだろう。

そんな箪笥のことを母とは面識のない友人が夢に見た。おまけに私が中学生の頃に可愛がっていたネムらしき猫まで登場したなんて……。
これはあの世の母が何かを伝えたがっているからに違いない!

胸の鼓動が早くなるのを感じながら、すぐに友人に返信した。

我が家には正にそういう箪笥があったけれど、つい先日捨ててしまったこと。
昔飼っていた白いペルシャ猫がよく箪笥の裏にもぐってしまって、呼び戻すのに苦労したこと、そんなあれこれをしたためた。

すると時間を空けずして送られてきたのはこんな返事であった。

さて、箪笥が実際にあったのですね。そして今はもうない、と。
すると私の夢の理由がわかりました。

私にメッセージをくれたのはお母さんやネムじゃなくて、箪笥です。

私はつくも神と交流できるので(……あやしいけど)箪笥が思い出を語りかけてきたのかもしれません。(ネムのことも箪笥の思い出ね

人に使われた道具はお別れの時にはなんか喋るのです。
こんなことがありました、こんなこともありましたね、さて、私は役目を終えたので長い眠りにつきますね、という感じかな。

私が25年以上使っているLacoというドイツ時計(手巻きとクオーツ)が2個ありますが、クオーツの方が喋りますね。
「時計がない、どこに置いた?」と探していると《ここじゃ》と語りかけてくる(……気がする)今日この頃です。

追伸ーまあ、でも、100年も経っていない道具に霊力はないとされているので(言い伝えではね)深い意味はないかもね。

メールを読んで後悔の念が湧き上がってきた。
場所取りだと内心邪魔扱いしていた箪笥。ヘボピーと二人で苦労して運び出し、粗ごみ回収のシールを貼って収集所に置いてきた時には、「やっと捨てられた!」とせいせいした思いしか抱かなかったのだから。

最後に姉妹で撫でてやって「長い間ご苦労様」と声をかけはしたものの、捨てる前に軽く拭いたのは自分たちの手を汚すのが嫌だったからにすぎない。

早く処分したいという人間側の都合に囚われるあまり、長く間母に仕えた箪笥へのいたわりなんか微塵もなかった。
こんな人間に向かってつくも神が何かを語るわけがないだろう。即物的な生き方に慣れて心が荒々しくなってしまった己を深く恥じた。

そうは言ってもやり直しはきかない。箪笥はすでに焼却されてチリに戻ったことだろう。
せめて次からは別れるにしても、モノたちに対してもっと丁寧に接してやろうと固く心に誓ったのだった。

<おまけのような話>
——それからしばらく経って、20年近く愛用したブラウン管式テレビを買い替えた時のこと。

箪笥に悪いことをしたという反省から、長い間がんばってくれたテレビには「お前は画面が綺麗だったね」「音もすごく良かったよね」と話しかけながら心を込めて拭いてやった。

電気屋が回収に来る時間まであと少し。本当はもっと使いたかったけど、壊れて何も映さないテレビをオブジェに置いておくゆとりはない。
さらばテレビ!長い間ありがとう!

だが、引き取りに来た業者はテレビを目にするなりこう言い放ったのだった。

「あー、こりゃアカんわ!すんません、こんなに大きいとは思ってなくて、今日持ってきた車には乗りませんわー。後日取りに来ますのでそれまで置いといてもらえませんかぁ(ヘラヘラ)」

かくしてつくも神inテレビはその後三日間に渡って玄関先に巨体を落ち着かせ、出勤の度に私と見つめ合って別れを惜しみ合う羽目になったのであった……。

他のテレビよりも割高だったソニーのブラックトリニトロン。お値段に恥じぬ美麗な画像を快調に見せてくれていたが、ある日突然事切れてからは「ただの巨大な空き箱」に。