2021年5月28日(金)

会社のおつかいで郵便局に行った帰り、道の向こうからマロン色のプードルが近づいてきた。四肢をちょこちょこと懸命に動かしてご主人について歩いている。

すれ違う時、ふと目が合った。すると犬はますます熱心にこちらを見つめてきた。「穴があくほど」という言葉がぴったりな凝視ぶりだ。
急に歩みを止めたものだから、リードに引っ張られて頭をのけぞらせながらも目を離そうとしない。

どうしたの?とご主人にうながされても足を踏ん張って動こうとしない彼?彼女?は、ついにその場にお座りして、さも親しげな笑顔を浮かべながら私を見上げた。

おや、あなたがどうしてここにいるんですか?ふしぎだなぁ。
人の言葉をあてはめるなら、そう言いたげな表情だ。

私の手にあるのはジャーキーではない。犬にはなんの魅力もないはずの切手シート。だというのになぜ見ず知らずのプードルがおすわりをしてまでニコニコ私を見つめるんだろう?

愛犬が地蔵みたいに動かなくなったものだから、ご主人も困惑顔。だから肩の上あたりで手をひらひらさせながらこう言った。
うちのわんこ、最近亡くなっちゃったんですよ。だからこのあたりに見えるのかもしれませんねぇ。

するとご主人もああ!そうだったんですね、と軽く頭を下げてくれて、同時に犬が立ち上がり、何事もなかったように歩き始めたから私たちは背中を向けて離れていった。

会社に帰ってからも奇妙な余韻に浸っていた。

犬はなぜ会ったこともない私をあれほどまでに見つめたのだろう?熱意を込めておすわりする様子にはどこか既視感があって……。
そうだ、おやつをねだる時のマヤもあんな風だっけ。

あの子は私の肩の上あたりでふわふわしているマヤを見ていたのかな。
ひょっとするとマヤの生まれ変わりだったりして。(生後9ヶ月といえばそういう風にも見えたし)それとも一瞬マヤの魂が乗り移ったんだろうか?

いや、そうじゃなくて「犬の世界の伝令で、マヤからの手紙をたずさえていた」。うん、これが一番しっくりくる。

想像の翼はとめどなく広がって、正解なんてないから広がったきりそのまま日常の中に霧散してゆく。
それでもほんの一瞬、犬と何かしら秘密めいたものを共有して、乾いた喉を潤した思いだった。

「人類の最も古い友」とされる犬。
だが、いかに親しかろうと、たとえ同じものを見つめていようと、人とは異なる感覚を持つ犬たちが捉える世界のありさまは人に見えるそれとは同一ではない。
共有できる部分もあるけれど、全く異質な世界もよく知っている。そこが面白い。

私はあのプードルを通してマヤを見た、プードルは私を通して何を見たのだろう。

世界は広大で自分が「人間のやり方」で認識しているものはそのほんの一部にすぎない。
こちらをじっと見つめる犬のとび色の瞳を思い出すと、そんな当たり前のことに気づいて不思議と軽やかな気持ちになる。